2017年04月一覧

東京都奥多摩町日原、崖下に現る奥多摩工業の廃トロッコ

東京都西多摩郡奥多摩町、日原街道の日原トンネル西側出口に掛かる「登竜橋」。 この橋の下に以前使われていたトロッコの残骸と廃線跡が残っています。 以前ご紹介した奥多摩工業の無人トロッコとはまた別のトロッコで、同じ奥多摩工業ではありますが機関車による牽引型のトロッコです。 何故この場所にトロッコが放置されたままなのか不明ですが、以前から気になっていましたので行ってみることにしました。 登竜橋を渡りきったところにちょっとしたスペースがあり、橋の下に降りられる階段があります。 その階段を降りた先に今回の目的のトロッコが見えてきます。 階段を少し降りた場所から階段の降り口を見上げます。 秋や冬であれば、行く手を遮る雑草などはあまりありませんが、これからの時期は緑が生い茂り階段を降りるのが難しくなるようです。 トロッコ関連の残骸。 階段の脇にあるのですが斜面上にあるため近くまではいけませんでした。 廃トロッコを発見。 実はこのトロッコは階段を降りる前から見える位置にあります。 線路も残っています。 この先に橋があったのでしょうか。 この黄色いものはそれ関係のものなのか、わかりませんでした。 ふと、足元を見るとネジが散乱していました。 線路に刻まれた文字。 製造年を探してみましたが見つかりませんでした。 斜面に埋もれているのはトロッコの台車でしょうか。 車輪が黄色く塗られています。 さらに斜面を下るとそこにもトロッコがありました。 紛れも無くトロッコの台車です。 斜面を下ったところから見上げたところ、複数のトロッコが埋まっており、荷台も大きいことから間近で見ると結構な迫力がありました。 この様な廃トロッコを見るとワクワクしてくるのは何故でしょう。 埋もれている台車を見ていたところ車輪に<I>のようなロゴが刻印されているのを発見。 そして、近くのトロッコには銘板が貼られているのも発見しました。 先ほどのマークはどうやら岩崎レール工業株式会社のロゴマークのようです。 「製造昭和38年2月、製造番号13932、形式容量2 M3」と書かれています。 さて、先ほど「橋があったのではないか」と書いた場所ですが、その延長線上にトンネルがありました。 岩場に掘られたトンネル。 奥多摩工業の名前で立入禁止の看板があります。 中をのぞいて見たところ、線路はずっと奥まで続いており、現在は線路の上に足場を作って歩けるようになっていました。また、何やら機械が動作していてゴゴゴォという音が響き渡っていたので、現在でも何らかの作業に使用しているようです。 最後に階段を降りている途中に見つけたものを。 相当の月日が経っているであろうバイクのヘルメットが岩場に置かれていました。 (探索日:2017年3月)

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石垣に生える青々とした苔が神秘的、埼玉県秩父市「茶平集落」

埼玉県秩父市の浦山地区に多数ある集落跡地。 浦山ダムの周りには人のいなくなった集落跡地、いわゆる廃集落が8箇所程度存在しています。山の中に位置するため高齢化に伴う過疎化から、住民たちは山を降り、その結果廃集落となった場所がほとんどのようです。 県道73号線を走行していると、獅子舞の口に吸い込まれるような迫力あるデザインの寄国土トンネルが姿をあらわします。 この寄国土トンネルは浦山ダムの建設に伴い、迂回路として建設されたトンネルです。寄国土というのは、浦山ダムの底にはダムの建設によって水没した集落が存在し、その集落の名前にもなっています。 また、ここ浦山地区は「獅子の里」と言われ、浦山大日堂(昌安寺)の縁日に獅子舞が舞われています。そのため近辺の集落では獅子舞のイラストやオブジェクトなどを目にする機会があります。 そんな寄国土トンネルを抜けると、すぐ左側に林道茶平線の起点があり、ここから坂道を登っていくと今回の目的地である「茶平集落」に到着します。 埼玉県秩父市「茶平集落」 緑色の苔が生えた石。 立派な石垣の上に佇む廃屋が姿をあらわしました。 石垣は青々とした苔で包まれています。時が止まった空間に入り込んだと思った瞬間です。 いろいろ探索してみます。 冷蔵庫と三ツ矢サイダーのケースに入ったビン。 家の中はご覧の通り、荒れておりました。  縁側に放り出された雑誌類。 足元にはオレンジジュースの空き缶が転がっていました。 飲み口がこのタイプの缶は今では見なくなりました。 色々な廃墟サイトで見かけたことのあった掃除機。 この掃除機を見つけたとき、有名人に出会えた、そんな感覚になりました。 色の褪せたダルマさん。 三輪車。 別の家も見てみましょう。 昔ながらの日本家屋といった佇まい。 ハンドル付き洗濯機がありました。 ハンドルを回して洗濯の終わった服を脱水するんですよね。 縁側に放り出されたタンス。 その引き出しには年賀状などの手紙類が残されたままになっていました。 最後にもう一軒。 玄関に貼られた会員マーク。 昔の家にはこの類のプレートやシールが貼ってあるのをよく見かけます。 錆びて傾く郵便受け。 廣貫堂の薬箱。 年代モノ発見です。 廣貫堂の薬箱は色々な種類があるそうで、アンティークとしてコレクションしている方が多いのだとか。調べてみたところ写真の薬箱は“昭和30年代”頃に作られたもののようです。 さらに、この家には面白いものがありました。 それは、なんと...。 壱万円札。 が描かれた湯のみでした...! さすがに本物ではありません。 きっと誰かが立てて置いたのでしょう。 石けん類のボトルなどが散乱している縁側にポツンと立っている姿を見つけたときには笑ってしまいました。 集落跡を探索していると、当時の集落の様子やそこで生活していた方々の歴史が見えてくるだけではなく、時には懐かしさを感じるモノに出会えたり、面白さや驚きのあるユニークなモノを発見できたりと、新たな発見につながる場面に遭遇します。 “廃”的な美しさを見つけるだけでなく、そういった新たな発見ができるのも、集落跡を探索するまた一つの楽しみになっています。 (探索日:2017年) あわせて読みたい【秩父市周辺の廃集落】 埼玉県秩父市、浦山ダム周辺の集落跡地「岳集落(嶽集落)」と「十二社神社」 「栗山集落」 埼玉県秩父市、90年代を最後に人がいなくなった残留品のある廃集落 急斜面に建ち並ぶ廃屋郡、埼玉県秩父市「山掴集落」 熊の爪痕が残る廃集落、埼玉県秩父市「冠岩集落」 ダムの底に沈んだ廃集落、埼玉県秩父市「寄国土集落」 電気料金未払いの家が1軒あるだけの集落、埼玉県秩父市「有坂集落」 有名な“車のおもちゃ”を見に埼玉県飯能市「白岩集落」へ、まさかの野生動物と遭遇 新緑に包まれる有名廃村、埼玉県秩父市「小倉沢集落」(秩父鉱山/日窒鉱山/ニッチツ鉱山)

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